the Thirteenに対して

正直に、書くことに決めました。

本来ブログというのは人に見られる前提なのは当たり前で。

だからといって自分に嘘偽りを重ねる必要はないのかな、と。

いろんな気持ちが巡る中、自分の気持ちの中に渦巻く葛藤を直視するのが怖くて、目を背けていたのだけれど。


それもそろそろ限界かな、と。


僅かながら13の検索で此処に辿り着いて下さってる人や、以前のブログの読者様が引き続き見に来て下さってる人がいます。

そんな中に、このバンドを愛している方がいるのなら、どうか読まずにクリアボタンを押して欲しいです。そう思うくらいには、そう思うくらいのことを、自分の本音として赤裸々に綴っていこうと思います。


ある程度整理がついてるとはいえ、支離滅裂になると思います。誰かに見せるためのブログというより、自分の気持ちの整理の最後の始末、といった所でしょうか。

なのであんまり読む価値はないと思います。(笑)




Sadieが活休した。

UNDEADの身内と、「また此処で会おうね、会えるよね。約束だよ。」って、泣き腫らした目で、でもどこか吹っ切れたような笑みで集団写真撮って。

色々あったし、今も色々ある人間関係、でもそれに一々衝突するほど子供じゃない。大人な対応をした上で、“またね”の約束を交わした。

自分がどう言われてるかも予測できたし、どう言われてても良いと思った上で、此処でおかえりとただいまが言えたらいいな、なんて願ったのを憶えてる。


それから数ヵ月後、およそ半年、か。

案の定というか、やっぱりね、という感想しか出てこなかった、真緒と美月のユニットが発表された。

それで良いと思った。

それが正解だとも。


一発目のライヴに行った。想定より多くの人が来ていた。

それでもSadieからは考えられない少なさだった。これが2/5の現実か、と冷静になったのを憶えてる。

真緒の声に、美月の音に、泣いた。

嬉しかった。ステージに立ち続ける決断を決めた彼らの有志を私なりに応援したいと、改めて思った。

一生懸命音源を聞いて憶えたつもりだ。

その後、運良くイベントのトップを剃刀が飾ったのを観れた。

彼らの初舞台だった。剣から目が放せなかった。やっぱり泣いた。

亜季や景がどうしているか分からない時期が長い分、時折漏れる情報に食らいついた。

例えステージに立つことをメインにしてなくても、生きてるだけで嬉しかった。

それでも結局決め手は声なんだ、と思った。そういう理由で剃刀ではなく13を選んだ自分がいた。

それでいいんだと。余裕が出来たら剃刀にいこう、と。


それでも、いつからだったかな。多分去年のツアーだったと思う。なんだか自分に疑問を持った。

一言で言うと、「気が乗らない」。

この感覚は初めてではなくて、過去にSadieでも数度経験していた。その度にツアー参加箇所を減らし、ファイナルだけで済ますような時期があった。結構定期的に。

ただ、その都度やっぱり楽しい、バンドに真摯に向き合えて、気が付いたらただいまって言えてた。おかえりって言ってくれるUNDEADがいる、それが嬉しかったんだと思う。


そこだけが、今回違った。

2/5の現実。

まるで踏み出したら崖から落ちて、二度とただいまって言えないんじゃないか、と思えるくらいの恐怖や焦燥感。わざわざ東京まで来る身内のUNDEADも変わっていた。

みんな別の道を、別のアーティストのファンとして歩んでる現実。

寂しさすら感じた。多分初めてだった。それが去年の11月18日。

その後クリスマスライヴに行って、少し持ち直せたと思っていた。ツアーが発表されて楽しみだなーと、思っていた。そう思わなきゃみんなに会えなくなる、居場所が一つ欠けてしまう、とさえ思ってた自分がいた。


3月19日、公式LINEブログで送られてきた歌詞に目を通した。トレーラーも見た。

「あ、駄目かもしれない」

直感で、そう思ってしまった。

歌詞は勿論、映像の安っぽさ、曲調。全てが今の自分が受け入れられない、受け付けないと思ってしまった。

お金が無いから制作費を削りたいのも分かる。前向きに背中を押したり手を引いたりしたいのも分かる。

分かってる。

だからこそ、今自分がこの音楽に支えられる必要、あるかな?って、思ってしまった。

過去、中二病を拗らせて(本当に壊れてたと思う)、薬を多量摂取するわ腕を切るわと精神的に可笑しくなっていた時期がある。未だに傷跡が消えず残ってる。それくらい深く切る程、消えたかったんだと思う。

その頃の私は本当にSadieの音楽に心から救われてたと思う。


でもそんな過去があったからこそ、今は、彼らに引っ張って貰わないと歩けないほど、弱くは無い。


美月の曲を否定したいわけじゃない。

真緒の歌詞を否定したいわけじゃない。

サポートしてくれてるリズム隊が嫌なんじゃない。


ただ、結局私はSadieの面影を見て彼らに縋ろうとしていたんだなと、自分の気持ちに気付かされた。

結局はSadie時代の彼らと比較している事を。求めている事を。

タイミングがいいのか悪いのか、真緒のソロコンサートの詳細が出たから、余計かもしれない。亜季も美月も参加した上で、タイトルに含まれた、SADIEの文字。

ぶわっとSadieが恋しくなってしまった。


私は誰が好き、とか、面倒くさいからを免罪符に全員が好きだと、どのバンドにも思ってる。

全員の良い所を挙げられる様に見ているつもりだし、聴いているつもり。多少の贔屓はあれど、一人に固執しないと、決めたんだ。

誰になんといわれ様と、ずるいと言われ様と、博愛主義者だと罵られ様と。

だからこそ、剃刀も13も、セッションだろうと休業だろうと、良いと思ってた。

とりあえず一周年公演は意地でも観よう、自分の気持ちと向き合おう、と。

歌詞やトレーラーで感じた疑問が本物なのか、確かめたかった。

それだけだった。



結論。

周りとの温度差に怖くなってしまった。

初めて、固定ファンの強さを目の当たりにした。

開演前に楽しみだと浮かれる人、楽しかった疲れたと崩れ落ちる人、真緒や美月の言葉に泣きながら頷く人。

そうか、みんなにはこの二人の音楽や言葉がちゃんと心を動かしてるんだ、と。

自分が否定された気がした。

私にはどうしても薄っぺらく聴こえてしまった。言葉も音も。

無心で、記憶に刻んだ曲に合わせて拳をあてて頭を振るだけ。流れ作業のように。

曲が、歌詞が、叫びが、問い掛けが、何一つ心に響かなかった。

まるで小さいモニターで観てるような、客観的な冷静さが、ずっとあった。

ああもう駄目なんだな、今の自分に今のこの音楽は不要って事なんだ、と思わざるを得なかった。


二人だから、というのを言い訳にしたいわけじゃない。

Sadieじゃないから嫌いって分けじゃない。

13は13だと思ってるし、分かってる。

その先にSadieという形が存在していると信じてる気持ちもある。

ただ今の自分はそれを素直に受け入れて応援する事が出来ない。

そこまで割り切って応援できないんだと気付かされた。

そしたら自分が一気に醜く思えた。

何が平等に好きだよ、と自分に唾を吐き掛けたくて、罵倒したい気持ちでいっぱいになった。


きっと今の13の、前向きでちょっと自嘲気味の歌詞を好む子は沢山いるのでしょう。

ぐだぐだ書き連ねたけれど、極論、私には好みじゃなかった、唯それだけなんだと思います。

ただいまという日が来るのかは、正直今は分かりません。

行くと決めた西川口公演を最後に、その後の予定は未定、白紙に戻します。

ファイナルを何故蹴るのかは、また後日書く予定。それはまた別の言い分があるので。


連れに「音楽ってそんなに苦労して楽しむような趣味だったかどうか、振り返ってみては?」と言われて、我に返った。

いつからか、趣味が意地に変わって縛られすぎていたのかもしれない。


そんなの、良くない。

今、今の私が聴きたいと思える音楽を、素直に手を伸ばす事が一番良いんだと思う。

ただ、それだけの話。

Cell×celL

細胞×個室 背伸びして、小窓から覗いた景色はそれはそれは綺麗だった 細胞はそれを目に焼き付けるのに、必死だった ただ、ひたすらに見つめた 忘れぬように そんな細胞の、記録

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